遠野遥『破局』を軽い気持ちで読んだらヤバかった|私たちは「悟って」いるのか

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『破局』は、遠野遥による著書で、第163回芥川賞を受賞しました。今回は『破局』のあらすじと内容の軽い考察と感想を交えて本書をご紹介します。

『破局』あらすじ

主人公は大学4年生の陽介。私立大学の経済学部に通っており、公務員の試験を受けるために日々勉強をしたり筋トレをして体を鍛えたりと、ストイックな人物。母校の部活動にOBとして、後輩たちに厳しい指導を行っています。

恋人の麻衣子は、将来議員になるため、日々議員の手伝いをしたり政治塾に通ったりと忙しそうに活動をしているため、ろくに会うこともままならない状況です。そんななか、大学1年生の灯と出会ったことで、物語は動き出します。

『破局』読みどころ・考察

『破局』は主人公の恋愛模様を作品ですが、まったく甘ったるくなく、むしろひどく淡々とした描写が特徴です。恋人といるときや自分の性欲に対してすらも、常にどこか他人事のように分析しているような思考をしています。

状況が呑み込めないまま、それはできないと私は言った。私には、灯がいるから、ほかの女は家に上げられない。どうしてと麻衣子が言い、穴、と私は思った。口や鼻というのはつまり人間の顔に空いた穴だと気づいたのだ。今は眼球がおさまっているけれど、眼窩というくらいだから目も結局のところ穴だ。

『破局』P71より

これは、恋人から不貞を責められるシーン。責められているにもかかわらず、主人公は恋人の顔を見て「穴だ」と感じています。

「自分のことをゾンビだと思え」主人公の本心が見えるようで見えない、絶妙なさじ加減

主人公は日々同じルーティンを繰り返す規律正しい人間。そしてマナーを守ることに固執し、それを破る人に静かな怒りを覚えています。しかしその考えは

「地方公務員を目指している身だから」

という理由からくるもの。自分の欲望に抗うこともなく、ただ淡々と見つめています。

ラストにかけて、主人公が規律から外れ崩れていく世界は息を飲むものがあります。

おもしろかったのは、ほとんど主人公の一人称で物語が進行していくにもかかわらず、主人公の本当に思っていることが見えそうで見えない点。

有名私立大学である経済学部に通い、恋人もおり、公務員の試験・面接にも特に問題なく通る予定である、条件だけ見れば主人公は「高スペック」の人間。本人もこのように述べています。

それはもしかしたら私が、いつからなのかは見当もつかないけれど、ずっと前から悲しかったのではないかという仮説だ。だが、これも正しくないように思えた。私には灯がいた。灯がまだいなかったときは麻衣子がいたし、その前だって、アオイだとかミサキだとかユミコだとか、とにかく別の女がいて、みんな私によくしてくれた。その上、私は自分が稼いだわけではない金で私立のいい大学に通い、筋肉の鎧に覆われた健康な肉体を持っていた。悲しむ理由がなかった。悲しむ理由がないということはつまり、悲しくなど無いということだ。

『破局』P105より

これは主人公が突然涙が溢れ、泣くのを止められなくなったシーン。主人公は悲しみの理由を探しますが、上記のように特に悲しむ理由を見つけられません。そしてそのことに安心して穏やかな気持になります。このようにとにかく主人公は、「外面的」にしか物事を見ていません。

恋人たちのことも「ハムのような色のワンピース」「ナスのような色」「くたびれたトレーナー」など服装でしか描写しかなく、彼女たちの顔や内面などをあまり見ているように感じられません。

「私は幸福だったか?」自らに問いかける意味

かわりに服の上から大胸筋を触らせてやると、灯は嬉しそうに笑い、それを見た私も嬉しかったか?

『破局』P32より

これは相手の同意がない場合、罪にあたる行為だが、灯は私の下で幸福そうに笑っていた。それをみた私も幸福だったか?

『破局』P108より

印象的だったのは上記の文章。一人語りにもかかわらず、突然「?」と問いかけているんです。なぜ突然「?」が出てくるのか、色々深読みしたくなります。

共感か、不気味か

恋愛小説でありながら淡々としている文章が印象的でした。感想では「怖い」「不気味」などが多いですが、主人公には不思議な魅力があります。

というか、私は主人公にめちゃくちゃ共感してしまったのですが、これは私も思考停止しているからなのか?この作品はおもしろかったか?

作者の遠野遥は、1991年生まれ。どこか俯瞰的に物事を見続けるその姿勢は、他の世代から言わせれば、私たちの世代が「さとり世代」だからなのかもしれないです。

あなたはこの作品にどんな感情をいだきますか?意味がわからない?怖い?それとも?

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